神奈川新聞 創立100周年 企画特集

神奈川新聞 創立100周年 企画特集

平成23年11月11日に県立神奈川工業高校創立100周年記念式典が挙行されました。当日の神奈川新聞朝刊に掲載された企画特集です。

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ものづくりで未来を開く

県立神奈川工業高校が今年、創立100年を迎えた。卒業生は3万人以上に及び、機械、建築、電気、商工業デザインなど工業技術を中心に各方面で活躍する。

日本のプチ・ファーブルこと、挿絵画家で絵本作家の熊田千佳慕さん(故人)も卒業生のー人だ。同校は「質実剛健」の校風と「神工」の愛称で県内に親しまれ、ものづくりを通し、世界を支え未来を開く人材を育ててきた。節目の年を迎え、パシフィコ横浜国立大ホールで11日、記念式典が開催される。

卒業生3万人以上 激動の時代に学ぶ

1911(明治44)年、「神奈川県立工業学校」の名で創立された。県内初の工業学校だった。

明治半ば以降、輸出の中心は生糸など原料から布など工業製品に移り、軽工業地域を背後に持つ神戸港や大阪港に、横浜港は後れを取った。そんな折、横浜の鶴見から子安にかけての臨海工業地帯が発展期に入り、県内でも工業を振興させようとの機運が高まっての開校だった。

翌春、初の入学生として機械科45人、建築科22人を迎える。15(大正4)年には家具科、図案科、電気科も設けられた。家具科は後に木材工芸科と名称が変わり、図案科と統合されて現在のデザイン科となった。在学中からその画才を発揮した熊田千佳慕さんも図案科だった。またストッキングのアツギ創業者、堀禄助さん(故人)は機械科の卒業生だ。

1916(大正5)年には夜間授業を行う工業補習学校を付設。1921(大正10)年に5年制に改正された。

工業教育の基点校 県立神奈川工業高校校長 伊藤武志

県立神奈川工業高等学校は、1911(明治44)年、県立工業学校として告示され、明治・大正・昭和・平成とそれぞれの時代で工業教育の役割を1世紀にわたって果たし続け、本年めでたく100周年を迎えることができました。

日本全国を見ても創立100年を超える企業や施設などはそれほど多くはありませんが、共通していえることは、それぞれ業種は違っても設立当初の原点を忘れていないところです。

東京の日本橋が石造アーチ橋として架橋されて100年となりますが、この橋の素晴らしいところは、日本の道路の基点として位置づけられていることと、設計の当初から架橋の専門家だけでなく機械・電気・建設・デザインなどのさまざまな分野の技術者が共同して形や構造を決めたことであり、既にこの当時、幅広い工業技術力を意識し、技術力の集大成として架橋され現在に至っています。

本校でこのことを考えるとき、本校が神奈川の工業教育の基点として設立され、また、幾つかの学科改編はありましたが教養豊かな技術者倫理を持った幅広い工業技術人を育ててきたことに共通します。これまでの伝統を大切にし、次の100年へ向けて、さらなる工業教育の基点校として、また、現在のIT社会に次ぐエネルギー社会の新たな時代を構築する心豊かな技術者教育を果たすべき学校でありたいと思います。

新時代の先駆けに 神奈川工業会(同窓会)役員一同

本校は1911(明治44)年の創立から本年で100周年を迎え、記念式典がパシフィコ横浜国立大ホールで挙行されます。3万余人の同窓生とご関係の皆々さまと共に喜びを分かち合えることは大きな幸せです。

県内で初めての工業学校のため、固有名称のない神奈川県立工業学校から戦後に神奈川県立神奈川工業高等学校と改名されましたが、校章、校歌と同窓会名称は当初から変わりません。校舎も震災で被害を受け、横浜大空襲で焼失し、進駐軍に接収されたりしたものの、創立当初と同じ場所にあります。

このことは先人をはじめ周囲の方々の息の長いご支援とご協力のたまものです。100周年に向けて5年前に準備委員会をスタートし、2年前に学校・PTAと三者での事業が推進されました。

5月1日の創立記念日に100周年記念碑除幕式と記念植樹式が行われたのをはじめに、本日の式典を迎えることが出来ました。

これからも新しい時代の先駆けとして大きく飛翔できますよう祈念をし、次の世紀に向けてわが同窓会3万余名の会員と共に“神工健児”の絆を深めていきたいと思います。

勤労動員

昭和に入り軍需産業が拡大すると、県は工業技術者を増やすべく工業学校を増設。そのうち平塚、川崎の両工業学校は共に神工内でいったん開校、後に移転した。同校でも定員の増員、修業年数の短縮、学科の増設などが行われた。

19 41(昭和16)年、太平洋戦争開戦。時代の要謂に揺さぶられ、木材工芸科や図案科を廃止し機械科や電気科を増員するなど組織はめまぐるしく改編される。

戦局が悪化し、機械科、精密機械科、電気科の実習工場は「協力学校工場」として軍需部品を加工・生産。生徒は「学徒勤労動員」の名の軍、学校工場や近隣の民聞工場、陸軍施設などで働いた。

そして1945(昭和20)年5月29日の横浜大空襲。この朝、ラジオ放送で敵機侵攻を知った学校側は、登校した生徒を午前8時10分までに帰宅させた。9時10分、校舎に第1撃の焼夷弾が落ちた。投弾は第2撃、第3撃と続き11時までの2時聞足らずでほぼ全建物が焼け落ちた。

分散授業

校舎焼失後は県立横浜第二中学(現・横浜翠嵐高校)の教室を借りて授業を再開。終戦後は県立横浜第一高女(現・横浜平沼高校)に移転するが、動員先の生徒が戻ると教室が不足し、10月から鶴見区市場町(当時)にあった帝国自動車工業付属青年学校、中区大岡町(当時)にあった県立商工実習学校に移って分散授業を行った。前者は鶴見分校、後者は大岡分校と呼ばれた。

「大岡分校は(略)生徒を収容しきれず二部授業を行う始末で(略)元気いっぱいの生徒にとって運動場使用の時間と範囲の制限は苦痛であった。鶴見分校も特に老朽の建物で、窓ガラスはほとんど満足なものとてなく、冬の寒さはひとしおだった」と、そのつらさを「神工70年史」は記している。だが、戦争が終わった解放感や勉強に打ち込める喜びは、それをはるかに上回るものだった。

新制高校

同校の校地は、進駐軍の刑務所として接収されていた。返還後、木造の仮校舎に全生徒を収容したのは終戦から2年後の47(昭和22)年だ。翌年、新制高校に移行し「県立神奈川工業高校」と改称。

また、1950(昭和25)年、繊維産業がさかんだった愛川町に愛川分校(染織科)、豊かな森林を有する松田町に松田分校(建築科、木材工芸科)を開校(現在はいずれも閉校)している。

戦後の復興や高度経済成長とともに拡充されてきた学校設備は、平成を迎える頃には老朽化が目立ち始める。新しい工業教育に対応するため、1995(平成7)年、公立校にはまれな10階建てのインテリジェントビルが新校舎として完成した。

在校生の部活 全国レベルも

全日制も定時制も、ものづくりを通した学びに励むとともに、部活動でも全国レベルで活躍する。

定時制では今年、全国高校定時制通信制体育大会の自転車競技大会・30キロロードレースの部で、福岡直樹君(機械科3年)が大会新記録で優勝する快挙を遂げた。サッカー部は同サッカー大会で第3位に入賞。ライフル射撃部の岩村義嗣君(機械科2年)は、全国高校ライフル射撃競技大会に出場した。

全日制では、アマチュア無線部が第1回FOXハンティング県大会第2位、第2回同大会優勝。相撲部は関東高校相撲大会県予選会で団体準優勝、個人重量級で吉田和史君(機械科3年)が準優勝、個人無差別級で星屋智幸君(建設科3年)が3位となった。吉田君は山□国体に県代表として出場した。

神工100年の伝統を受け、生き生きと活躍する生徒たち。確かな技術と技能を手に、新たな未来を創造していくことだろう。

企画・制作=神奈川新聞社営業局

100年のあゆみ

1911 文部省より県立工業学校の設置・開校を許可する旨告示

1916 夜間授業を行う付属工業補習学校を設置

1921 実業学校令改正により、修業年限を3年から5年に変更

1935 付属工業補習学校を廃し、県立工業青年学校を設置

1939 県立第二工業学校(平塚工業学校)を開校(翌年平塚へ移転)

1941 県立川崎工業学校を開校(1944年川崎ヘ移転)。修業年限を3ヵ月短縮し、12月に繰り上げ卒業を実施

1945 3月に4年制(1年繰り上げ)および5年制の生徒が同時卒業。横浜大空襲で校舎全焼、

校地は進駐軍の刑務所として接収される。現・翠嵐高校、現・平沼高校の校舎を借りて授業を再開。

帝国自動車、県立商工を借用して分散授業

1947 旧校地に仮校舎完或、分散していた全生徒を収容。

県立工業学校4校(本校、平塚、横須賀、川崎)共有の綜合実習工場を戸塚区に開設

1948 新制に移行し県立神奈川工業高等学校と改称。

第一種を全日制課程、従来の夜間課程の第二種は定時制課程として発足

1950 愛川町および松田町に分校開校

1953 綜合実習工場を閉鎖

1954 男女共学制実施後、初の女子生徒が卒業

1960 愛川分校を閉鎖

1961 創立50周年

1962 県立磯子工業高校を開校(翌年磯子区ヘ移転)

1964 松田分校を閉鎖し、県立小田原城北工業高校に統合

1977 これまでの2期制を改め、3学期制実施

1995 全面改築により新校舎竣工、県立神奈川総合高校を併設

2003 定時制課程において従来の4年制に加え、3年制(通信制の併用により3年で卒業できる)を採用。

修業年限を選択できるようにする

2011 創立100周年。記念式典を挙行(11月11日)

=敬称略、( )内は専攻科と通算卒業期年創立100周年を迎えた県立神奈川工業高校。多彩な分野で活躍する卒業生を紹介する。