神工時報(復刻版)3について

県立神奈川工業高校の同窓会報、「神工時報」の第5号~第17号の復刻版です。

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神工時報(復刻版) 第5号 昭和23年5月10日

新たな自覚のもと 新制神工高を発展せん

昭和23年より新学制による6・3・3の内の新制高校が発足し、本校も神奈川県立神奈川工業高等学校として4月から輝かしくスタートした。

敗戦国とはいえ米国の好意により将来工業国として立つことが出来る事になり工業日本の建設につくす幾多の技術者を養成する本校が新制工業高等学校になったことは意義が深い事だ。

校舎を被災して現在やっと普通教室と教員室等が建設されたのみで工業高校に欠くべからざる工場はいまだ建設に着手していない。しかし、先生方や父兄先輩の後援により新制工業高等学校になり得た事は喜ばしい限りである。昇格はその名前だけであって良いものではなく内容をともなわなければならぬわれわれはいま新たなる自覚と責任のもとに37年の伝統ある本校を新生したこの学園をより以上良きものにしていかねばならぬ。

神工高の発展は全校の結束によってなされる。原理探索の道に学生の本分に一層努力し邁進しようではないか。

(昭和23年5月10日)

新しき出発に 学校長 山賀 辰治

自治会新聞「神工時報」が最初壁新聞で発足し、だんだんその価値を認識せられて新聞活字の印刷による新聞を出すようになってから既に第5号を重ねるに至ったことに対して新聞班の幹事諸兄のなみならぬ御努力を感謝します。

本校は戦災により全焼し校舎全部と一切の設備を烏有に帰し今日わずかにバラック建ての普通教室、教員室だけが建っているにすぎないのに、4月1日から新制工業高等学校として発足出来たことは日本経済の再建に工業の発展従って工業教育の充実が必要だという世論お動きと同校が開校以来工業界に対した偉大な功績が然らしめたものと信じます。本年度の第二期復興建設工事も決定せられ、次々に校舎の建設設備の充実も予定されていることは御同様喜びにたえない所でありますが、私共はそれだけ責任を負う覚悟が必要となります。

工業高等学校は将来工業を職として国家社会の有為優秀な形成者となることに努めなければなりません。世の中のことについても一層広く深い理解と健全なる所の批判力を養い個性の確立に努めなければなりません。

5月1日に本校は37回の創立記念日を迎える。焼土の上に平和的、民主的、文化的な新しい学園を建設するために生徒も職員も懸命に精進を続けている姿は雄々しく頼もしいが日本の国民は今皆再建の生活に苦しんでいる。ことに戦災者のくるしみは同情に値する。しかし明日に建設の光を望む苦しみであるからしてこれを克服して行く態度に明るいが力強を見られるのはうれしい。私共職員も生徒も一層立派な学校の建設に努力致しましょう。

(昭和23年5月10日)

部報 新制工高の発足に際して

本校は4月から新制工業高等学校として発足した。われわれはこのときに当って新たなる自覚と責任を必要とするのである。工業高等学校といっても総合実習工場が遠隔の地に在って学校工場を持たぬ不便さがあるわけである。

われわれが将来工業日本の中堅として活躍する基礎を作るところの学校、その学校において勉学人格完成技能の習得等は、方法如何によって決定される。この不完全な学校建設ながら新制工業高等学校として昇格し3年間自由なそして高度な勉学が出来る事は校長先生始め諸先生父兄先輩の方々の後援の結果であると信じるわれわれはこられの人々に満足をあたえるため一層努力せねばならぬ。

新しい高校制度について少し考えてみよう。それは、かつて弊衣破帽をもって高校生なりと自ら任じていた旧制高校をわれわれはまねる必要はないのである。彼等が青春の感情のはめ目をストーム・コンパ等に求め服衣に表していた。それらが悪いとはいえないがはたして正しい学生の姿とはいえないと思う。それらの旧制高校には多くの美点がある。そして旧制高校をなくすのは惜しいとしている人もある。だが時代はそれより以上新しいものを要求している。われわれはそれら旧制度にあこがれをもつ必要もなくそれをマネする必要もない。われわれ自身の手によって新しい気風を作れば良いのである。そこに新制高校の意義があるのであろう。

次に、新制高校と自治会について考えてみよう。学校に自治会がかくべからざるものになったのは近頃である。しかしいまだ完成されたとはいえない。自治会が生徒を横で連絡するものであれば先生と縦の連絡をするものでもある。自由な意見と討議は民主的なやり方であり、思索をゆたかにし人間性と人格を確立する。しかし、なにをするにおいても誠意がなければならない。自治会の幹部のみがんばって他の者が協力しなければだめなのである。そこに「やろう」と自治会で決めたことは自治会幹部だけが行うのではなく全員で喜んでする。

「やりゃいいじゃないか」といったような他人事のような事をいっていてはいけない。しかし学校当局が「やれ」と命令的にくればしぶしぶ行う。自治会で決めた事や権利は一向ききめがないが過去の天下り的な方法を許してしまうような場合を度々見せられる事がある。自分で自分を動かす。他人からとやかくいわれて動くような事ではその個人も面白くないだろう。自から治め責任をもって行動して自分たる者の価値がわかるのに他人からいわれてするのでは自尊心が傷つけられやしまいか。

われわれは新制高校生となったのであるから、自治する心で自覚と責任をもって行動し、他人にめいわくをかけないのが正しい学生の道だろう。高校生いうプライドが他人に動かされている心ではなさけなくなるだけだろう。われわれは新制高等学校に昇格したこのときに、考えを新たにしいつまでも閉じこもっていないようにしよう。

(昭和23年5月10日)

第6号 昭和23年7月20日

神工時報1周年記念 1周年記念のことば

昭和23年度の1学期も暮れ様としているこの7月、去年のやはり7月に先輩の黒田、大貫さんの手によって発行されてより第6号を数えここに1週年記念号を発することになりました。また神工時報の元は大正年間に出ており本号を入れると実に150号を数えるにいたりました。それを考えると時報も歴史は古く横浜市内の高校の中で一番最古を行くものであります。

我々新聞部の今後の新聞発行の目的と致しましては、以前の記事の内容とは少し異なって、本新聞は校内の事よりも主に郊外及び自治会の内容等とし、校内のニュースは生徒諸氏がここに書かなくても知っていられる事と思っています。現在の記事ではまだまだ十分とはいわれません。またこれより一大研究を重ね高等学校新聞の最高峰を行く時報にしていきたいと部員一同の努力をし校友諸氏の後援を切にお願い致します。

(新聞部長 稲葉)

(昭和23年7月20日)

「時報」も6号を重ねもう1周年になる。黒田君と共に育ててきた新聞―思い出は感無量である。「神工間部新聞」としての「時報」の前身は終戦直後混乱から少しはおちつきを取り戻した鶴見分校時代文芸部員たる黒田、岡田、大木、常磐の諸君に私を加えて発足したのであった。学園に文化的芽生えをしたものである。その努力は波大抵の事でなかったが、部員一同耐えて頑張って15号まで出した。

そして昨秋は新聞部は文芸部から独立し思い出の夏休み前の7月15日に活字印刷の「神工時報」が生まれてのである。部員一同の喜びは大変なものであった。その創刊号は私が編集した。しかし2号から4号まではほとんど黒田君が一手に引き受けて行った。私は演劇が忙しく4号は全く彼一人で行ってくれた。卒業して学校にいない彼の巧精は偉大なものであり深い感謝を捧げるしだいである。

そして5号から新人の稲葉君に編集のバトンが渡された。号を重ねて立派なものになっていくと思う。「時報」の1周年にあたり多大なる援助をいただいた五十川先生に深く感謝をいたし、「時報」の良き愛読者であり応援者である生徒の皆さんに今後とも「時報」を良き文化財として育てていっていただきたいと思います。

(新聞部顧問 大貫)

第7号 昭和23年11月16日

論説 本紙は何故にあるのか

皆様におなじみの「神工時報」は本号を迎えて第7号となります。本校が出来た明治年間より神工時報は続いており、戦争中に一時は中止となりましたものの終戦後鶴見と商工とにわかれている時から又復興し始め、前代の部長黒田さんの手で初めてよりもう7号を数えるにいたりました。

6号は丁度1周年記念日になるので記念号を発行し、長い夏休も過ぎ第2学期ももう終わろうとしている今日に於いても第7号を出すのがおくれてしまい文化祭間際になりましたことを皆様におわびします。

さて本紙は何故にあるのか?...そして何の役割をはたすのかというのが第1の問題であります。まず、新聞は皆様に報道を伝えるものではありまして、決して記録紙ではありません。

それに本時報は昔から数えると150、60号を数える程多いのでありまして、その間に卒業生や教師等の手により発行され、それを見ては卒業生諸兄の機関紙としておりました。それが今の時代となっては諸兄も又在校生の皆様も戦争と言う目に会い、ちりじり、ばらばらとなってしまって学校との連絡さえも出来なくなってしまったのに又現在の皆様も卒業すれば別れ別れになることに於いて、自分が若い時代を苦しみ戦ってきた工業学校をお忘れになることはないと思いますが。しかし、学校の事がどうなっているのかもわからないのに工業学校を思い出せなくなってしまいます。

その点に於いても新聞の重要性は多分にあります。

又現在の皆様においても、学校の自治会において発行されている神工時報は、学校の内部の事だけではなしに、外部のニュースをも皆新聞部の記者等がいそがしく立ち回り歩いて集めており本当のニュース的新聞ももう間近にせまっております。でも今までもそうやって来ておりますがいくらかたらずして終わっているのです。

その外反面には先生方の作品並びに課外講座等をも載せました。生徒諸君の投票によっても記事を集め、各自治会の部の行動に於いても、いちいちくわしく表しているのであります。それ故皆様のために又卒業生のためにも、今度新たに新設したPTAの欄において各父兄方にも学校での事に於いてもいろいろ手に取る様にわかるこのニュースを必要とするものであります。

それでありますのに前号の内容におきましては部内の事で1800部刷りまして校内にて配りました数は何と400部足らずです。これでは校内生徒の総数は800人に近い人数がおりますのに半数です。そして金額におきましては全体に於いて1万400円かかっておって実売上は7300円という僅かな額です。3100円というものは赤字に終わっております。こんな事に於いてもなりたたぬ事です。月1回の本紙なのでありますから皆様も何卒ご利用くださって又卒業しての機関紙におわすれなく本紙は希望しております。何卒諸兄の御支援をお願い致します。

文化祭

戦災後、新たに竣工してより1年を過ぎここに復興2回目の文化祭を迎え今まで眠っていた学園をよみがえらせる絶好の行事として11月27日(土曜)28日(日曜)両日に行われる。

神工文化祭は歴史が古く、焼ける前には各科によえい工場を持ち科によって自分達の得意とする作品を見せ、あるいはバザー的に即売され大々的に文化祭が催されていたが昨年より元の様な文化祭が行われるようになったのは喜ばしい事である。又国家の行事として11月3日に新たに文化の日が誕生しての第1回目に行われるのも意義深いものがあるとともに第2学期は天高く馬肥の好季節に恵まれ、勉学に体操に修養に充実した楽しい学期なので今まで高等部1、2、3年および中等部3年は遠足を又運動会も行われこれより相次いで文化祭なのでとても忙しい時を持つわけである。

これが済めば一段落ついて勉学に励むことが出来よう。以下は学校当局と生徒会自治会が話し合った文化祭の計画及び内容である。昨年同様に各科各部の多彩な祭典が催されるが前年より各科展の室が増えたのでよりよくにぎやかになる事であろう。北側南側校舎にて行われる各クラス毎の科展、又建築製図室にて演劇部主催の演劇、音楽等に期待がかけられる。北側校舎の中央の2室には喫茶店が開かれ、その隣には思い思いの売店が多くの品を並べるだろう。そして電蓄から流れるメロディーにしばし頭を休め体を休める休息所も作る予定である。

それに音楽部主催によるレコードコンサートも南側校舎の1番教室にて皆様おなじみのベートーベン、シューベルトその他有名作曲家によるシンフォニー等を皆様の耳へお届けしようと準備に忙殺されている。横浜コンクールにて第一位を獲得した演劇部では国際演劇及び貿易博覧会の物である「署長さんはお人良し」を主としその他木下順二作の喜劇物「三年寝太郎」等も上映候補にあげられている。又演劇部以外のアマシュア物として缺グループで練習中の演劇も2、3上映する予定である。工業学校として切っても切れない縁にある工学各科展は各クラス毎に豪華なプログラムに大童である。

上級生が10月より戸塚の実習工場へ行っており、その実習製作作品が彩りに出品されかつ即売され人気をあつめることであろう。各科の主なプログラムをここに書いてみると、まず機械科は、機械工具の説明、エンジンの修繕及び模型解説、機械製図、自動車の絵画陳列、印刷機械、新開構成機、及びその作り方、順序等を新聞記事や編集のことがないので残念である。

一方建築では盛んに作られている簡易住宅や、今日の住宅として未来の住宅の違いや住宅の出来るまでを模型に図にて説明し、西洋住宅の作り方をも説明する予定であって、今の時代にはくマッチしているものばかりである。

次に電気展では、今日の文化は、電気であると張り切っているが、こう毎日毎日停電では一般家庭ではさぞおこまりであろうとの心づかいで、停電は何故に起こるかということを皆様に御了承願うための説明その他、発、送、配電系統、ヒューズの溶断試験、トランス、発電機、電動機の構造並びに原理の説明及び応用等一切を説明することになっている。通信科ではラジオに関して超短波発信機回路、電話、ラジオ等種々おお通信科としての展示が行われる。

文化祭各科の楽しい行事等学生生活は面白い。さてどんなすばらしいものが出現するかちょっと見ものであることにして、記事を閉じる事にする。(K)

(昭和23年11月16日)

第9号 昭和24年6月13日

自治会総会開かる自治会費40円に増額

雨上がりの4月22日金曜日、本校自治会では昭和24年度第一学期第一回総会を開催した。この日新たに設けられた集会とクラブ活動の時間を利用して、傍を書記として、昨年より持ち越した問題、新しく提示された諸問題につき、活発な議論が展開された。やや古めかしい議題もあったようだが順調に議事が進行され、ほぼ予定時間中に終了した。

「最近自治会活動が活発になったことは喜ばしいことであるが、今後も本校の自治会が円満に運営されるよう努力せよ。」との校長先生の挨拶があり、つづいて書記小倉から昨日行われた委員長選挙の結果報告があった。即ち、委員長は昨年も活発に活動された建3吉田、副委員長は阿部進及び奥山茂行と決まった。この間吉田定一を間違えて「投票総数の最大多数を獲得した吉田茂君を委員長として意義なきものと認めます。」とゆう議長の失言があり、あわてて訂正したが、茂にしろ定一にしろ絶対多数を占めたところはユーモアがあった。

次に同じく小倉より新設された学校側自治部のメンバーの紹介があった。

自治部長 萩原先生

企画部長 山崎先生

風紀部長 大木先生

文化部長 中尾先生

衛生部長 吉田先生

厚生部長 布施先生

管理部長 橋本先生

体育部長 鈴木先生

次いで本日の議事に入る。議事は

1、新委員長挨拶

1、自治会費増額の件

1、昨年度会計報告

1、本年度行事予定の報告

1、寄付金の使用方法

上記の6項目にわたって、それぞれ議論され、「全能力を発揮して、自治会活動に当り、特に風紀、衛生に主眼を置くため、自治会員諸君に自覚と協力を求めたい。」との委員長の挨拶も終えて、1、自治会費40円議案の提出に関する総務代表機3鈴木、文化部代表機3野路、体育部代表機2福島、それに吉田委員長の説明があり、それぞれの立場から会費40円案に賛同を求めた。

機3井上より「主旨はわかるが、今後の活躍を約束する言葉が欲しい。」と動議提出があり、各部代表と昨年度の不出来や失敗の弁明やら、期待できそうなホープの発表、今年度の具体的方針の披露などがあったが、これに対し図書部は何故早く貸し出しをしないかとか、山岳部の意義、目的、学校に及ぼす影響如何とか、これまた鋭い質問が飛んだ。図書部は図書の管理が大変でしてと苦しい弁。音楽部は窮状の告白と納得のゆく答えと新人の募集の宣伝まで、愛嬌たっぷりに説明、山岳部の答弁は時間の都合でまたの日にと満場一致で決まり、相当荒れた議事も終え、1、昨年度の会計報告も事なく済んだ。

次に機3石川より本年度行事予定の報告並びに説明があったが、別段以後を唱える者もなく、運動会、文化祭その他の行事が予定期間通り行われることになった。が、この頃から議場騒然とし始め、議長は席をはづしてこの粛正に当り、帰席後「議長の職務怠慢につき深くお詫び申し上げます。」と簡単に釈明。最後に残された1、寄付金の使用方法については岸田先生の御説明がある筈であったが、会議のため出席できず月曜日に報告するとの由を聞く。

やむを得ず、この議題は月曜日に明確なる解答を待つとして議長の示唆により、自治会への要求に関する意見が幾つか出たが、事「金銭」に直接関係しないせいか、あまり活発な討議が行われなかった。機3井上から議長に対し「風紀問題に関する具体案」の説明要求があったが、これに対して、委員長は「今後も人権は勿論尊重していくが、風紀部と協力し、具体案、具体策は研究検討を加え、逐次発表する積りです。」と答弁。

ついで、阿部議長より風紀部長として全生徒に自覚を促す旨の要望を最後に3時55分この日の自治会総会を終了した。発言者数極めて僅少よゆう嫌いはあったが、今後改善されるのが望ましい。

昭和24年6月13日

第11号 昭和24年12月20日

生徒会新発足へ 会則改正成る

先に案出された自治会会期改正案は各級別検討会を経、11月17日午後1時より総会に上程された。

機械3年1組並びに電気3年は戸塚の実習工場に通っていたが、正午より帰校し、総会は1時より直ちに開会された。議長選出にエピィソード?が起こったが、事なく済んで各条細目の検討に入ったが議論百出し、委員長の不完全、不確実な答弁は折からの小雨に生徒の関心の目がそらされがちであった。

間もなく「中止せよ」との動議提出があり、反対意見者の対立と共に混乱に陥りかけたが総会は小雨の中に続行された。

主な項目として自治会は生徒会と改称され第2面に示す会則が議決された。

尚、この開会に先立って自治会顧問の山?先生は生徒会発足にあたって、生徒の関心高揚を強調された。

雨中の第2回総会 自治会を生徒会に改称

第2回目自治会総会は名を生徒会と改称、去る11月17日午後1時より校庭にて挙行、開会の弁、議長選出、委員長挨拶と型通り順調に進行、いよいよ本題の諸般審議に入り、午後半に入ったが、この頃から雨が大分強くなったため中止か、続行かに議論が集中し、憤激した電気3年の塩谷君は退場、他の生徒も浮き腰になり、一時波乱を想わせたが、時を経ずしてしずまった2、3の訂正だけで、会則は、原案通り可決。ここに新会則の成立を見るに至った。なおこの日の総会は雨のため会則の審議だけで終わった。

生徒会の発足にあたって 山崎 清二

総務課顧問山?先生は11月17日、自治会総会にあたって自治会が生徒会に改められた点を始め、生徒の生徒会への関心の昂揚と、会則の変更にあたり組織の強化の必要なる旨を発表された。

1 従来の生徒自治会が今回生徒会として発足することになりました。自治会という名称が生徒会と改めた点につきましては、過日の総会の席上現在の会長より説明があった通りでありますが、自治会という名称が往々にして誤解を招き誤用されやすいという恐れがありますので、生徒生活に関する事柄を自主的に運営し、よりよき教育を受ける機会を得るための明るい健全な組織として生徒会の発足を見ましたことは生徒諸君と共に喜びに耐えません。

2 それに相前後して会長以下全役員に配付しましたような各種の細かい規定(集会、行事等についての)を設けましたことは、何か学校が生徒の活動を拘束し、ある枠にはめこんでしまうものであるとの誤解を受けるのではないかと考えます。

生徒会の運営に当り最も大切なことは、生徒諸君が学校長から委託された権限に基づいて活動しているのであるということを良く知ることでありまして、各部相談役、各科顧問もまた学校長から委託された権限と各々の分野において守るべき責任の範囲でよき相談相手となり、よき指導者としての役割を果たすことがなくては、生徒諸君の楽器王運営に対する積極的なそして有効な参加協力は望めないと考えます。

この意味から生徒と指導職員との緊密な連携ということが強く望まれるのであり、更にそのようなことを常に確実に行うことが生徒諸君の現在及び将来における社会生活を営む上において少なからず役立つよい訓練であると考えられますので、やや形式的に過ぎるという非難もあるかと思いますが、あのような規定をはっきりと定めたのであります。

3 私はある級で会則第5条いついてどんな小さいことでも、学校長の承認をようするのかまた学校長の承認ということは形式的なものではないかとの質問をうけました。

第一の責任の答えは明らかに「イエス」でありますが、第二の質問には考えるべき点があると思います。

それは2、に述べましたようなことが理想的に行くのであれば生徒会活動について学校長が拒否権を発動することはなくなると予想されますから、結局生徒諸君から見れば学校長の承認とは極めて形式的なものであるということになるでしょう。

我々としてはその様な状態を理想として生徒諸君と共に学校の運営に努力を致し度いつ考えます。

4 生徒会運営の基礎は会則にも明らかにされていますように学級会にあります。従来ややもすると、幹部の考え方に支配されて全会員の意向が十分に反映されないことがないとはいえなかったようであります。

今後は殊に学級委員長は学級会会則にも示されていますように大きな責任を負う手いるのであるということを深く銘記していただきたいと思います。

幹部の役員と学級委員とは新しい会則では兼任できないことになっておりますのもそのためであります。

5 生徒会活動も冬を迎えてますます地味な内部固めの時期に入ったということができ、そのような時期を経てこそ明日の飛躍が期待できると思います。

本校生徒として最近特に心がけてほしいことは礼儀の点であると思います。礼儀ということは難しい問題であり、私のような人間のよく論じ得るところでないことは熟知しておりますが、私の信じていることを1つだけ述べたいと思います。

或る級での授業の時、小さなことでしたが、1つの注意をしました。次の週の授業の時またその注意を繰り返さなくてはなりませんでした(生徒は途中で気づいて直しましたが)。

私は他の先生には私の言ったことを実行しないのかと尋ねましたら、私に対してだけ実行していないという答えを聞いて失望しました。そのことが実行されていないことにではなく生徒のそういう、物の考え方に失望したのです。私の言ったことの本質にふれて、普遍的に守られるべきことであるかどうかという批判の後に実行する、しないが決定されるのではなくて、言われた人に対しては言われた通りにしよう、言われない者にはする必要はあるまいという考え方が、その為に注意された当人に対してさえ直ちには実行できなかったのではないでしょうか。

それだから各先生方は種々な注意を生徒諸君になされるにも関わらず、生徒諸君はそれを本質的に検討しないで、一種の販社条件のようにさえ見られる仕方で実行しているので、全体としての気風というものは少なくとも他所 にはあまり好ましくないということにあるのではないでしょうか。

以上つまらぬことを述べ、貴重な紙面を費やしましたが、私は生徒諸君と共に学校のよりよい発展のために及ばずながら努力したいと思っています。

生徒諸君も至らざる私の尻を常にたたくことを忘れないでほしいと思います。

第15号 昭和25年10月13日

就任の言葉 会長 機2福島照夫

今回、会員諸氏の絶大なるご努力ご協力により浅才微力なる私が、会長当選の栄を得るに至り、日夜とも責務の重大さに悩んでおります。今や我々の生徒会も漸くその反省期に入り緊迫する社会情勢の下に新たなる活路を見いださなければならぬ段階に達しております。我々は歓喜の中に発足した生徒会も未だ春の到来せぬうちに花をと目論みまた会の運営及び発展の障害に会員自体が横たわっていたのが過去の姿ではないでしょうか。

かつての総会屋協議会に見られた我関せず異議なしの賛成の傍観的非建設的な態度を排し建設的な批判と深い思慮、賢明な判断によってこそ真に会の発展も約束せられるのであります。丁度校長先生も渡米を前にしてそのご不在中には我々のより一層の協力と団結を必要とするのみか、真に生徒会の存在というものを表明する時だと思います。

及ばずながら私も会発展のために誠意努力致し会員諸兄のご期待にそう覚悟でおります。諸兄におかれましても我々の学校生活全般を左右する会の本質を深く認識され明るい民主的な学園建設のために御理解ある御協力をお願いし致し就任の言葉と致します。

渡米に際しての挨拶 学校長 山賀 辰治

学校長 アメリカへ

この度私は図らずも全国工業高等学校の代表の一人としてアメリカの教育、特に高等学校の工業教育視察のため渡米することになりましたが、このことについては教育関係者、学校関係者、一般社会の方々など広い範囲にわたって多くの皆様から御好意を寄せられました事を、心から感謝いたします。

鈍才不敏な私にとって今回のアメリカ教育状況観察は甚だ思いロードで果たしてその任務を全うしうるか否か内心心配にたえませんが、でき得る限り努力して皆様のご期待にそむかないよう広くアメリカ教育を観察して帰りたいと思っています。

何でも世界一を誇るアメリカですから見るもの聞くものすべてが私を驚かすことでしょう。しかし、日本の現状では直ちにこれを我が国に応用しうるものはあまり多くないかもしれず、他面日本にもアメリカに劣らない長所も少なからずあると思いますが、所謂採長補短の実をあげるのに私の観察が幾分でも役立てばと思っています。

往復3か月の日程は長いようですが広大なアメリカを観察するにはその一端をのぞき見するに過ぎないかもしれません。

多くの皆様が私の旅行中の健康についてご心配下さるご好意に対しては心から御礼申し上げます。充分節制に気をつけまして元気で帰ってきましょう。

生徒諸君は私の留守中一層学業の修養に気をつけてください。3年生諸君は卒業も近づいていますから特にしっかり勉強して高校3年の生徒生活最後の仕上げをして有為な民主社会の成員たらんことに努力してください。

教職員各位も留守中一層職務に精励して生徒の指導に過なきよう気をつけてください。

私は信頼しています生徒及び職員のことだから何の心配もなく出発し旅行をつづ得ることを幸福を思います。

座談会 学校生活の向上

司会 本日は学校生活の向上という題のもとに座談会を開きたいと思います。先ず第一に服装や言葉遣い、風紀問題について

(風紀問題)

万代 生徒の現状からみるとただ指導部が簡単に注意したくらいでは良くなる見込みはない。本当は生徒が自覚をしてよくなるのを待つか、それとも、校則を作りそれに従わないものは厳罰するか、この2つが考えられるのです。

古屋 私は自覚というものによって風紀を向上させるのが良いと思います。そして先生方からも一層注意してもらいたいのです。それは生徒によって注意された生徒は生徒の権威に服するよりも先生によって注意されるのを好みますから。

萩原 本校生徒の風紀については従来生徒会でも大きな問題になっています。生徒代表5名が中心になって生徒心得を草案し、近いうちに学校側でも検討して何れ出来あがる予定です。規定を作っても、それを守らなければだめです。近い将来には生徒会に校風科を設け文化体育科と同列にすることが望ましいと考えている。

森本 僕の思うには健全な趣味を持たせることによって風紀を向上させる可能性があると思う。

川口 言葉遣いや服装が悪いというのは、みんなが自由を履き違えているからではないでしょうか。学校としてはもっと強硬にしてもらいたいと思います。

橋本 校則は慎重に作られるべきです。それを守って行くのは当然である。だから校則を守らない者は強硬に処置し、反省を促すべきと考えます。

万代 びしびしやれば校則を守らせることは簡単ですが、それはいままでもやって来ていけなかったのです。だから根本問題としては生徒に分かってもらうことです。

中尾 規定を作ることは私も賛成ですが、何故作るようになってかと考える必要がある。それには2つの見方がある。第一には全般的に見て行きすぎた自由、放縦の反省期に立ち至ったこと、第二に生徒が誇りを失ったことです。ではどうすれば良いか。先生が指導するのも必要ですが、それよりも生徒自身がもっと自覚して誇りを持つようになることと思います。

萩原 帽子をかぶらない生徒が沢山いるのは何故でしょう。二校や慶応の生徒は全部かぶっているのに、どうして本校だけが。

石川 経済的理由や見栄を張っているのではないでしょうか。

萩原 見栄もあるだろうが、これは校章が以前と変わらないので見た目に子供っぽく見えるからではないでしょうか。

森本 2高や神高は私達の小学校の頃は希望の的だったのです。だからあの学校に行ったものは帽子を被ることはある程度得意でしょう。本校の生徒は本校の良い所を知らないのですよ。

(萩原先生要件で帰宅)

(恋愛問題)

司会 ではその辺で、次は郊外の問題について、夏休み中生徒の中には随分女学生と交際したのではないかと思います。それについて少し恋愛について?

中尾 この問題も慎重にみんなも考えなければいけませんね。

石川 私は単なる友達としてならいいのではないかと思います。しかしそれが邪恋になってはいけませんが、清い交際ならば良いと思います。

橋本 在学中に助成を持つということは現在の日本においては随分危険性があると思う。勉強するということから考えても勉学中は女性の必要性はないと思います。

佐々木 本校は女生徒がいないため、このような問題が大きく取り扱われるのではないでしょうか。

橋本 校内的には男女共学であれば単に友達であることもいいと思うんだが、校外の女友達を作るのも危険だから。

佐々木 今は正しく交際しようとしても、両親が封建的なため、みんなそんなことに悩んでいるんですよ。ですから、その時には先生の所に相談に来るべきではないでしょうか。

森本 ガールフレンドと言っていますが、その女性が勉強を進捗させることがあるといえるのです。ですから交際することによって学問上、悪くなったとは思われない。

中尾 橋本先生と同意見で、全額途上にある者には学問一点張りでやるべきだ。高校生の年齢では真の恋愛にはまだ早い。それ等は好奇心であるようだ。そのようなことがあるとどうしても学問がおろそかになる。しかし偶発的に清い交際が生じたら信頼するに足る先生や両親に打ち明けてやったら良い。

佐々木 1年生は新制中学以来男女共学でやって来て一応体験があり、割に馴れていて良いだろうが、本校の2年生以上の生徒には危険が無いでもないと思うが。

古屋 学問の就業中は注意したほうが良い。第一学問がおろそかになることもありますから単なる友達として交際するなら差し支えないと思います。

川口 私は女性と交際することによって真面目になった実例を知っている。何故か。それはその女の人に負けないためにしっかり勉強するからだ。勉強しないと女性に嫌われると思ってね。

万代 勉強途上にあるものが良くなる悪くなるというが、誰でも大きな目的を持ってそれに突き進んで行けば、そんな考えは起こらないはずだ。これは私の経験からの話だが、私は学生時代、オリンピックを目指して精進したのでその方に気をとらえる機会がなかった。しかし清いりっぱな交際なら良いと思う邪恋に落ちてはいけないが。

川口 交際の初期には誰でも真面目ですが、慣れるとだんだんいけなくなるのです。その点が難しい。

司会 では岸田先生に総合して・・・

岸田 みなさんの話を聞いていろいろ参考になった。生徒心得のことだが、今度学則が出来て、これにはっきり生徒心得を制定してこれによって学生生活を律して置くことが書かれてある。10年先、20年先まで継続する本校の新しい伝統を生徒職員で考えてみたい。

生徒心得を作る場合、難しい問題が沢山あると思う。理想の姿を規定するか、最低線をいくかが問題である。その辺から従君検討しないといけない。校風樹立にはよく「誇り」ということが問題になるが、誇りというものは完全無欠の者でなければいけないというものではない。戦争に負けたからといって日本人がすべての誇りを失ってしまうのはよくない。本校にも誇るべき多くのものがある。本校の校長が渡米することも誇りであるし従来の伝統も一つの誇りである。この誇りを守り育てて反面にお欠点を補うように努力するのである。

もう一つ大きな問題は、希望を持つことである。高校生徒は燃えるような希望がなくてはいけない。恋愛問題がおこるのも希望がなくてはいけない。恋愛問題がおこるのも希望が足りないためだと思う。

もっと大きな希望を持ってもらいたい。

上級学校に行く人は上級学校へ行く希望を、工場に行く人は偉大な技術者への希望を、そして本校から第二の湯川博士の出ることを願ってやまない。

司会 ではお忙しい所を長時間ありがとうございました。

出席者

学校側 岸田 副校長、萩原 先生、佐々木 先生、万代 先生、橋本 先生、中尾 先生

生徒側 キ3の1 古屋君、デ3の2 石川君、ケ3 森本 君

新聞部 ケ2 川口 君

司会デ2の1 長島 君

記録デ2の1 大塚 君

昭和25年10月3日

第17号 昭和26年3月22日

生徒会新しい発足へ

3日にわたり新規約審議

去る3月6日、曇天の下に今年度第2回の総会が開催された。開会の辞についで、議長選出には会員推薦という程の活発さが発揮され、議長はデ3?2石川君、副議長はキ3?2田口君と決まり、規約に関する会長の説明があった。

本題の諸章審議に入ると、会員の意見は非常に熱があり、特に3年生が中心となり、細部に入り議論がかわされた。

第1章については大した問題もなく終わり、第2章も通過。第3章期間は定期生徒大会を年1回という会則案は否定され、年3回の現行通りとなった。なお、現行の役員協議会は生徒議会と名が変更され、議長は常任となった。定期の生徒議会は月1回となり、生徒大会の議長も兼ねることになった。

風紀部の充実した統制委員会と、総務文化体育を含めた執行委員会が新たにもうけられた。

第2日は、第4章役員の件が副会長1名の案を2名と現行通り、また新しく書記局がもうけられ、当成員は生徒大会において選出されることになった。

第3日は第5章の保留権より審議され、第6章の財務の会費は現行通り50円と決定、26年4月1日より実施されることになり、3日に亘る総会は閉じられた。

本年度の5大ニュース

過去1年を振り返ってみると多種多様色々な出来事があったが、そのうち校内校外を通じて5大ニュースを拾ってみた。なお、この調査は全校生徒の半数を対象にしたのだが、新聞部に集まった数は113票であった。

中でも一番目立ったニュースは、やはり校長渡米、校外では朝鮮動乱でほとんどの会員が採りあげている。

今年度の調査で感じたことは第2回の時よりも試験や卒業が近いせいか、非常に集まる率が悪かったことでこの点諸君の一層のご協力をお願いする。

校内5大ニュース

1 校長渡米101票

2 パンの校内販売 62票

3 高校駅伝大会14位 39票

4 CIEでの文化祭 37票

5 送別マラソン大会34票

なお、次点以下は

6 新校舎増築 24票

7 応援旗の設定23票

8 校風刷新23票

校外5大ニュース

1 朝鮮動乱99票

2 ダレス氏来日68票

3 アジア大会参加 40票

4 ウォーカー中将戦死 24票

5 レッドパージ24票

なお、次点以下は

6 予備隊の設置21票

7 電力悪化12票

8 15年ぶりの大雪11票

帰朝の学校長を囲んで

3月1日生徒会室において、校長先生を囲んで先生の今回のアメリカ視察についてし種々お話を伺った。以下はその概要である。

旅程

去年の10月24日の晩、羽田を立ちウエイキ島、ホノルル、サンフランシスコ、シカゴを回ってワシントンに行き、そこで一週間の講習を受けてから各地を視察した。

目的は、アメリカの教育状況、全米の教育協会(NEP)、それから工業関係の教育状況等の視察で、学校は全部で48校、そのうち40校が工業関係、残りの8校が普通高校(アカデミックハイスクール)である。

ハイスクールの生徒は大体全米において630万人、そのうち320万人が職業高校であり、商工農中工業が一番多く、次が商農の順である。

工業高校の中にも2種あって、テクニカルハイスクールは大部分上級へ進学する学校で、ボケイショナルHSは進学せずに収縮するものが多い。

学校生活

生徒一人ひとり礼服を持ち、その礼服を着てガウンをかぶる。遊びの時間には、本校と同じように外で運動する。違うところは昼休みに男女でダンスを行い、楽しいひと時を過ごしている。

どこの学校でも大きい雨天体育場を持っているし、古い学校になるとトロフィーが沢山並んでいる。

喫茶は生徒は勿論、先生も学校内では絶対に許されない。生徒は8時半頃登校し、3時半までには帰る。4時までいるものはほとんどない。家に帰るとすぐにスポーツをやり、よく遊び、よく学びである。

授業方法

学校には教育室がなく、教室にそれぞれ先生の机がある。

また先生は随分宿題を出す。内容は非常に易しく、回答の手引等も与えておく。

試験方法も1か月、2か月とためて行わず、極短い時間、1週間、2週間位の間に行い、内容は日本でやり出した○×式の簡単なものである。

要するに生徒が、その本を良くマスターしてくれれば用のである。

クラブ組織において

色々なクラブがあり、活発に活動している。新聞も学校に印刷機を持って色刷りも沢山出している。小学校の4年頃より印刷が行われ、もっぱら新聞を学校の宣伝、案内に使っている。

実業校の内容について

女性でも工業学校に多く入っている。電気、機械、建築等があり、図案科は女性が主である。また裁縫学校もあり、帽子だけ縫う所・・・縫うだけの所、それに対してデザインだけとカッティングだけ等細かく分かれている。

入学は中以上の成績でなければ工業学校に入れず、落ちた者は義務制の普通高校に行く。

工業の実習科目は大体同じで、こちらより精度が高いし、63制において、6年の間工業の予備知識を与えておくので卒業する時までは非常に熟練している。

次に学校には学科教室がなく、実習工場の片隅にHRがある。

実習工場は例えば1年の電気の工場、2年、3年のという具合にラジオ、テレビ、電気機械等となっている。

目立っていることは、すべて分業制度で能率を非常に高めるようにしてある。

学制と学区制について

学制は町においては63制で、町より離れると84制がとられており。84制では高校4年のうち1年までが義務制である。

学区制はない。それは各学校の差というものを努めてなくしていることと、学校が適当な場所に設置されていることによって解消されている。

社会状況について

アメリカは商工を通じて非常に発達している。それも商品の購買力が相当影響してくる。だから、商品の消化力に比例して工業が発達するわけである。それが工業に限らず、商農も日本とは比較できぬほどに繁昌である。これらの事柄がアメリカを偉大ならしめている原因であろう。街は高層建築ばかりで、ショップセンターとビジネスセンターとに大別されている。

校外では木造建築も見られる。しかし広大な土地を持つアメリカは何事においても非常に便利である。アメリカを一周することによって春夏秋冬の四季を味わうことが出来るということを思っただけでもアメリカの大きさを想像できよう。

昭和26年3月22日