神工会報

第102号 平成24年2月15日

100周年式典・祝賀会 なごやかに終わる

神奈川工高100周年式典OBら在校生にエール

お礼のことば 同窓会長 小松 茂

神奈川新聞 特集記事「二渓の風」 各界で活躍している先輩の紹介

功労者表彰11名 昼食会ひら

式典前日に学校見学 建築43期

文化祭“伝統”を展示

第6回 青春かながわ校歌祭

“協同”ですすめた記念事業

同窓会100年ヘ

100周年式典・祝賀会 なごやかに終わる

ヨコハマ港も小雨に煙った11月11日、会場に母校創立を祝う、学校関係者、父母会の方々、そして、なつかしいOBたちが集い、式典が開かれた。

祝賀会は中華街へと会場を変え、同窓会主催で「ロイヤルホールーに300余名が集い、駆けつけた黒岩県知事の祝辞に会場は盛り上がっていった。

■記念祝賀会

同窓会顧問・加山曻一氏(建築27期)の音頭による鏡割りに続き、新庄達志の三線演奏(定建69期)、獅子舞、加賀町頭連の木遣りなどアトラクションが続いた。

この中華街の獅子舞は中国の慶事で、頭たちの木遣りはわが国古来の粋な行事として、国際交流が盛り込まれた華やかなアトラクションとなり、テーブルごとに歓声と笑いが高まり、波になって会場全体に伝わっていった。

昼間の式典はそれなりに粛々とした流れであったが、こちらは仲問同志の小きなクラス会のような感じで盃を上げ、旧交を温め合う人たちが喜びを交わしている。係りのメンバーも行事の盛会を肌で感じながら記念すべき日は過ぎて行った。

■続けよう“みんなの力”

5月の開校記念日の記念碑設置・記念樹植樹で2011年のセレモニーがスタートした。

11月、式典も祝賀会も各係の担当により運営された。当日の記念品として黒色の不織布ハッグに赤色で校舎と100をデザインした(テザイン科2年 吉田桃子)ロゴ入りの袋の中には、3Dクリスタル40×40×60ミリに校章・旧校舎が記入された記念品(建築65期上野一明デザイン)が参加者にプログラムとともに手渡された。

11月に入って神奈川新聞に7回にわたって卒業生の紹介が載り、式日には全面「企画特集」版(神奈川新聞2011年11月11日8面)がつくられ、翌12日には下記の式典記事が掲載された。

生徒向け冊子も校了し、今年2月には記念配布を行う。百年史「二渓の風に乗って」も3月中には発送予定である。

神奈川工高100周年式典OBら在校生にエール

県立神奈川工業高校(横浜市神奈川区平川町)の創立100周年記念式典が11日、横浜市西区のバシフィコ横浜国立大ホールで開かれた。宇宙航空研究開発機構で宇宙ヨット技術の実証機「イカロス」の運用責任者を務めた森治さんらが在校生にエールを送った。

同校は1911年の創立で、卒業生は3万人を超える。式典には在校生や卒業生ら約2千人が出席。同窓会名誉顧問で横浜港振興協会会長の藤木幸夫さんは第2次世界大戦中は空襲に遭い、校舎近くの防空壕に逃げた。焼野原の学校で部活動もした。厳しい時代だったが、芯の通った『神工魂』を培った」と祝辞を述べた。

森さんは「実証機の実験は成功に終わったが、昨年5月のロケット打ち上げまで数多くの失敗があった。成功や失敗にこだわり過ぎず、夢を持って挑戦することで、新たな道が開ける」と呼び掛けた。卒業生で東京芸術大学教授の中島千波さんは「高校時代に基本的な技術、知識を習得するのは大切」と語った。

神奈川新聞(戸田貴也)

お礼のことば 同窓会長 小松 茂

昨年11月11日創立百周年周記念事業を学絞・PTA・同窓会、三者が一味同心なって挙行し、会員の皆様方はもちろんのこと、当事業にご支援ご協力頂いた方にも溢れるばかりの熱意により盛会となりました。式典・祝賀会も成功裏に進行し、賛意のことばを多く賜り喜ばしく感しております。

学校長はじめ各先生方、全定PTA両会長はじめ各担当の方々に心から御礼を申し上げます。最後になりますが、101年以降に向かって母校・神工がされに発展することを展望し、祈念致します。

功労者表彰11名 昼食会ひらく

創立百周年式典・祝賀会から一か月余り、小松会長の発案で同窓会功労者の表彰・慰労会がひらかれた。

平成23年12月16日午前11時30分からホテルニューグランドの京料理店「たん熊」に染い、会費制昼食となった。

校外役員であり、百周年事業実行委員会(会長・実行委員長)から感謝状が贈呈された。

久保田清(9代校長)をはじめ加山曻市・中山春雄・内藤昭ニ郎(顧問)、川口政治(相談役)、小松茂(会長)、山本澄雄・新井淑雄・玉野直美(副会長)、田中克己(監査)、村松洋雄(事務局長)の11名に伊藤武志実行委員会会長より感謝状が贈呈された。

式典・祝賀会では全員役務を担当していたため、改めての集会であり、和やかなひとときを過ごし、式典と祝賀会の無事終了を語り合い、来春の記念誌発行と販売に協力し、健康を祈って散会となった。

式典前日に学校見学 建築43期

平成23年11月10日、記念式典の前日、式典に出席するために下関市より出向いてきた級友と共に、同窓会事務局長の案内で、学校内を見学きせていただきました。式典前日の忙しい最中に学校見学などをお願いし、温かくご案内いただけましたことを厚く感謝いたしております。ありがとうございました。

機械科43期 小池正道、小杉起庸、沼田和宏、長洋 勇

文化祭“伝統”を展示

同窓会の文化祭での展示は、“伝統と歴史”に尽きる。歴代校長の顔写真が並び、母校校舎の写真にOB寄贈の絵画が花を添える。

設置したTV画面には、校歌祭に出演した“野毛鉄砲隊”がくり返し放映され、「野毛の山からノ~エ」とノーエ節が流れた。

第6回 青春かながわ校歌祭

9月23日、神奈川芸術劇場で開かれた校歌際で、“野毛鉄砲隊”として、手作りの陣笠軍服を肩にした一同が登壇し、隊長の号令で全員が一斉に空に向けて発砲した。

筒先から“祝100周年”の小旗が飛び出す演出に会場も大いに喝采、事務局員の力作であるが、肝心の歌の方は伴奏より声が先行し笑いも誘った。校長先生が次のチームにエールを送ったことも、100周年を祝うさわやかな、そして和やかなひとこまであった。

“協同”ですすめた記念事業

母校100周年記念事業は、5月の記念碑除幕・記念樹植樹につづいて、11月11日の記念式典・祝賀会も盛大につつがなく終了した。生徒向け小冊子も作成されて、残されたのは、記念誌発行と、外灯設置そして会計報告となった。

「記念誌」が何部販売されるかは未確定でわからないが、同窓生諸氏のご協力をいただき完売としたい。

今回の事業に対して多くの方たちからご協力をいただいたことに感謝し、係りの方の苦労にお礼を申し上げます。会計報告の関係もあり3月の年度末で、同窓会の創立百周年記念行事寄金としては終了したい。

(今号掲載の寄付者は1月10日〆)

ふり返れば7年前から事業の方針を考え、5年前に組織づくりを始め、3年前に学校・PTAを含め、組織・担当者が決まり、活動がすすめられた。当初は三者合同の足並みは不充分さもあったが、昨年はそれなりにまとまって運営された、記念碑・記念樹の5月1日が、歩調の含った第一歩であったと思う。

まだ事業完了ではないが、係員をはじめ、応援してくれた多くの方々に紙面を借りてお礼を申しLげます。

同窓会100年ヘ

さて、次に挙げられるのは5年後の同窓会創設百年である。このことについては新しい角度の考え方が必要であろう。

◆学校◆

県立高校百校は昔のことで、廃校・併校がつづき、一方では総合校など教科や学習方法も単位制など変わってきている。工業高校も、そして本校でも定時制に三修制も導人された。

工業高校がいつまで存続するか? 進学率も上がってきており、高等専門学枚や入学との併立などの考え方もあり、いずれにせよ変化していくことは間違いないだろう。これは工高だけで習得できる専門技術が、より高度化を求める杜会に変わったことに他ならない時の流れである。

◆同窓会◆

5年後は100年となるが、式典などを考える以前に会の存続の危機が挙げられる、運営のための原資・収人がこのままでは途絶しそうで、近々資金不足で倒産?になりかねない。

在校生からの入金が減少から皆無に近く、入会金・永久会費制はあっても利用者が少ない。今までの積立金も僅かとなり、まさに同窓会の身が細くなり“hヘルパー”の介助が必要な有様だ。

東北ではないが、絆(きずな)がより大切で、卒業生の母校愛を信じたい。PTAとの絆もより太く強くして、連携が必要だ。生徒たちとの接触から父母会ヘのお願いと身近なところで運動することだろう。

* * * * *

最後に、同窓会役員の年齢が高く、今後の同窓会活動には是非とも若い人達の智恵とエネルギーが欲しい。若い力の御協力を切に願う。(文責・新井淑雄)

 

100周年記念ロゴ

100周年記念祝賀会風景

100周年記念祝賀会 開会ご挨拶

(山本澄雄 副会長)

加山顧問の音頭による鏡割り

新庄達志さんの三線演奏

中国獅子舞

100周年記念式典・講演会

名誉顧問・藤木幸夫氏 ご祝辞

中島千波氏 ご講演

横浜市消防音楽隊による演奏会

小松会長

文化祭 同窓会の展示風景

文化祭 岩崎敏雄氏特別展