県立神奈川工業高校 創立100周年記念誌

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校旗・校歌の選定と開校10周年記念式典

こうした新しい制度の下、1922(大正11)年に本校は開校10周年の節目を迎えた。5月1日の開校記念日に先立ち、校旗・校歌の選定が行われる。校旗は図案科教諭 杉山知多郎のデザインによるもので3月16日に制定された。

「奉校の校旗は大正11年3月16日を以て制定さる。此の年は恰も本校創立十周年に當り、同窓会の記念行事の一として寄贈せられしものなり。旗は塩瀬羽二重紫地に、単弁桜花に神工の二字を配せるを、金糸を以て刺繍し、且つ旗の三縁に金糸の總を附したり。而して其の巧緻なる標章と燦たる金色と高貴なる紫色とは互に相映発して典雅高尚の趣を呈せり。

さて、此の標章の意義を述べんに、桜花は大和心を象徴し、神字は神奈川県の神、工字は工業学校の工を顕現すること言を俟たず。然れども其の意匠には甚深の考慮を彿ひたり。即ち桜花と工字を浮出し、神字を蔵したること是なり。抑もこの神字は隷書くづしにして、其の一劃々々が働きて桜花を形造り、花蕊・花粉は勿論、この花弁までが神字の延長にてあるなり。さきに「桜花に神工の二字を配す」と述べたるも、實は神字さながらが桜花にてあるなり。されば一見しては神字無きが如く、而も仔細に点検すれば彷彿として顕現す。蓋(けだ)し神は神、又精神に通ずれば、其の玄妙幽韻の趣を表さんとて考案したるなり。因に此の標章は、本校の帽章をそのまま拡大して用いたることを附言す」(「校旗の由来」 教諭 三井恵文 昭和15年7月25日発行 渓苑8より」

創立10年目に制定された校旗 創立10周年記念祭
当日の玄関
(当時の校舎は全部木造平屋建て)
創立10周年記念祭
家具科展示室

創立10周年(大正11年)記念祭当日の本校正玄関

創立10周年記念祭 家具科展示室

また、校歌は国語科教論 浦井喜久造の作詞、後に文部省最常唱歌作曲委員として「故郷」「おぼろ月夜」「春の小川」などを作曲する岡野貞一の作曲により同年4月23日に定められた。歌詞の解釈については「創立80周年記念誌」に掲載された第4代校長副島一之「駅樹声なく…」講に詳しい。

「駅樹声なく…」講

(一)駅樹声なく…

1500年前の日本が律令国家に成長した時から江戸幕府の終わるまでをこの一行で表す。天智、天武、持続、文武天皇(671〜701)の約30年の間に、近江令から大宝律令まで、つまり原始日本が律令国家として態勢が整うまでになった。それで中央から7道の大動脈路(国の生命線を通じて政府から各国府への役人の往復、 命令の伝達に大量に馬が必要になりある距離毎に常時多くの乗り次ぎ用馬を常備する「駅亭」があって宿舎にもなり、また書簡物品を逓送する「郵亭」が置かれた。

近世では東海道五十三次のような宿場本陣等があり、大名の参勤交替などの宿舎人足や馬匹や物資の調達をした。

1番の第1行、第2行は国の生命線を護った駅亭も郵亭も泰平の夢の中に古びてきたその折も折、神奈川のはるか沖に黒船に目を覚まされて、にわかに西欧の文化の波に浴する日本、中でも重要なこの横浜の地に建ったわが学園。

(二)開けゆく世の…

「ジュースの神」はデウスの神、最高天地万能の神、ローマのジュピターと同じ。

(三)天与の使命…

「青雲高く」はかっては「青雲の志」を抱いて地方の青年が都に上った。将来、身を立てて青空の者の如く高く超えた大人物に成りたいと、その青雲。

「二渓の花」渓は谷、学校の辺りは東と西の二つの山にはさまれた谷になっている。この谷を「二ッ谷」と昔から言っていた。今は平川町通りの名。東西の丘も、その間の渓も桜の花でいっぱいだった。もちろん校庭も校舎工場の回りもみな花でおおわれていた。

開校10周年を迎えた同年5月1日から3日間、校内を開放して生徒の成績品展覧会と製作品即売会が催された。観覧者は延べ10,978人にのぼり、1日の夜には「元素の話」「銑鉄と鋼の話」「明治天皇の偉業」といったテーマで講演会が行われている。

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