県立神奈川工業高校 創立100周年記念誌

100年の足跡 神奈川工業高校2
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校舎復興の完了

1969(昭和44年7月、機械科実習室と建築科実習室の増築工事が終わる。本校の戦後の校舎の復興も、工業教育に欠かせない実習室が整ったことを以て、完結したといえよう。校舎復興の足跡をたどると、およそ次の4段階に大別することができる。

(1)昭和22年の仮校舎竣工から、昭和25年の実習工場竣工まで

(2)昭和27年の鉄筋本建築第一期工事から、昭和29年の実習工場建築まで

(3)昭和31年の北館一棟竣工から、昭和33年の商館、昭和34年の本館竣工まで

(4)昭和36年の体育館竣工より、昭和44年の機械科、建築科実習室増築まで

(1)、(2)の時期はまさに戦後の混乱からの復興期に当たり、計画の実現は文字通り関係者の東奔西走の働きによるものであった。(3)期になると経済の復興にしたがって県の教育予算も増額され、当初ブロック2階建てという予定であった商館が北館と同様鉄筋3階建てに設計変更された。また、翌年着工した本館は技術革新、オートメーション時代を反映して、単なる管理棟としてではなく電子科の設備を収容できる鉄筋4階建て校舎として竣工する。一方で昭和22年以来のバラック校舎とも完全に別れを告げた。(4)の時期には新しい武道館(柔剣道場)の建設と、それに伴う相撲場・部室の移転なども順次行われる。新しく建設された武道館については、「神工時報」82号に詳しい。

「新しい武道館の工事が昨年の11月18日より開始された。これは県が全額716万円の工費を投じている。武道館は鉄骨平屋建て、鉄板葺きで、建坪300平方メートルの内、床面積は240平方メートルと大きくて、柔道場または剣道場として使用したり、真中に間仕切りを取り付けて、柔道場と剣道場として両方使用するようになっている。

その周りには高さ5センチメートル、幅80セ80ンチメートル位の廊下がつけられる。付属施設として、20平方メートルの玄関、同じく20平方メートルの脱衣場、器具庫がつけられ、玄関には靴置場が、脱衣場には簡易ロッカーが約50程度取り付けられる予定。なお新しい武道館ができると古い武道館がいらなくなるので、それを取り壊し、そのあとにまた新しく部室と相撲場がっくられる計画になっている。

部室の方は、まだ検討中だがこれが決まり次第、工事が始められることになっている。部室の部屋割りの方は、図面によると、一階建てになり、部室の部屋数は21室位で、この部屋の大部分は、運動部が割当てられることになっており、その他に暗室、シャワー室、同窓会室、管理室、集会場、全定自治室、トイレ、その他ができる予定で部室1室の大きさは縦2.7メートル、横3.6メートルの8.7平方メートルと非常に狭い。相撲場の方は、今建設中の武道館の敷地にあったのが、古い武道館の隣に移され、部室が完成次第、その隣に移される予定」

部室は、生徒会活動やクラブ活動が活発になるにつれて校舎内の階段脇の小さな部屋などを全て活用しても数が不足するよぅになっていた。複数の部活が同居するなどの苦労をしてやりくりしていたため、新しい部室棟の完成を生徒職員は待ち望んでいた。1968(昭和43年5月に竣工した「生徒会館」は広さ394,262m。工費1,186万円は全額寄付によってまかなわれた。

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