県立神奈川工業高校 創立100周年記念誌

100年の足跡 神奈川工業高校2
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1969(昭和44)年定時制

「神工時報」には「ある高校生たちの断面」という囲み記事の連載があった。1969(昭和44)年2月発行の紙面には全日制新聞部生徒の目で取材した、当時の定時制の様子が掲載されている。翻って、自分たちの学校生活を見つめているところもなかなか興味深いので、長くなるが引用する。

「現実に接した生活 厳しい生活、多い退学者

冬の日没は早い。5時ごろになるともう、周りは薄暗い。帰途につく全日制の生徒の影が東白楽駅に向かう中を、ポッリ、ポッリ学校に向う影がある。神奈川県立神奈川工業高校定時制の生徒たちである。

われわれ全日制生徒に一番身近な高校生でありながら、なぜかわれわれは定時制のことを知らないでいる。昼は働き、夜は学校へきて勉強するという、一人二役のような生活をしている彼らであるので、朝早くから出勤し、夜は四時間目終了が8時55分、それから帰途についても家につく時間は、9時半から10時すぎの人も多い。では、なぜこんなにしてまで高校へきて勉強するのか、その理由は人によってさまざまだった。

ある生徒は、次のように答えてくれた。今の世の中は、大卒が常識になっている。こんな社会では中学卒などといったら、どこまで昇級できると思う。最近実力主義の傾向が強くなってきたといわれているけど、まだ、学歴中心じゃないか。俺の家は、君たちみたいに経済力が豊かじゃない。かといって、奨学金がもらえるほど俺は頭もよくない。それに、奨学金なんて月給にくらべりや話にならないほど少ないじゃないか。

俺一人生活できないもんな。だから、この学校へきたのは、もちろん実力をつけるために工業を選んだんだけど、学歴がほしいから、というのも一つの理由だな。また、ある生徒は、つぎのようにもいう。僕は機械いじりが好きなので、中学を出てから、ある工場に働き、定時制の機械科に入った。学校の勉強は、大変だが、続けるつもりだ。

現在、定時制には約670人の生徒がいるという。昨年11月には695人が、今年の1月には680人に減っている。年間20〜30人は退学していく。退学者はやはり、1年生に多く、上級生になるに従ってだんだん減っていくという。1年生では、いままでの義務教育の生活から、急に厳しい現実に接し、耐えられなくなるのであろう。その点、われわれ全日制はどうだろうか。ただなんとなく学校へきて、なにもやらずに家に帰り、テレビを見て過ごす。彼らの生活は、こんな甘いものではない。もっともっと現実に接しているのである。

定時制には9つの文化部と、12の運動部がある。クラブ加入者は、多い時でも100人程度だという。もちろん、この中には俗にいう幽霊部員も含まれている。いや、むしろ幽霊部員の方が多いようである。活動も不活発だというが、9時頃まで授業があるのでは、どうしようもあるまい。ほんとうに好きな人、やる気のある人だけしかクラブ活動はできない状態なのだ。いくらやる気があっても、肉体、精神的疲労や、時間の束縛によって、勉強ができず、退学する者もいるという。

彼らの授業態度は、欠席者が毎日10人程度。われわれでもクラブで夜遅くまで残っている生徒はよく見ていると思うが授業中に居眠りをしている者が、数人いることは否定できない。(これらは全日制も同じ)しかし、やっている者はやっているのである。昼間働いて疲れた体で夜また勉学にはげもうとする真剣なまなざしが、講義の先生にも向けられている。いま、一番人数の多いクラスは、建築2年。定員40名中在籍38名だという。そんなクラスでも、一日の出席者は、30名前後だそうだ。教科別に出席状況を見た場合、普通教科よりも専門教科の方が出席率が高いという。そんなところにも、彼らの、専門科目に対する勉強の意欲というものが感じられる。しかし、その反面、役に立つ教科だけ勉強するという、社会人らしい、現実的な態度さえ感じられた」

ひと足早く社会の荒波にもまれながら勉学を続ける当時の定時制の生徒の姿は、全日制の生徒にとっては、社会への「窓」でもあった。

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