県立神奈川工業高校(県立工業学校) 卒業生
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高柳 健次郎(故人)

ブラウン管による映像の受像に世界で初めて成功した「テレビの父」「高柳健次郎(故人)は1921年から3年余り神工の電気科教諭だった。テレビの研究を思い立ったのも在職中で、高柳はそのエピソードを神工「創立五十周年記念誌」への寄稿文で記している。

舞台は横浜の海岸通り。「店先のフランスの雑誌」で、「ラジオの四角な箱の上に額縁があり、その中で女の子が歌っている図」を見た。「表題に”Television”と書いてあった。私はこれだと思って、これを研究することに決心した」

翌春、浜松高等工業学校(現・静岡大学工学部)に転任し、1926年「イ」の文字の受像に成功。戦後は日本ビクター(現・JVCケンウッド)で研究・開発を行い、現在の映像技術の基盤を築いた。

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