神奈川工業会は、県立神奈川工業高校の同窓会です 

記念誌 二渓の風に乗って

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100年の足跡 創立前史

神奈川の実業教育

「実業学校令」の制定を受けて、神奈川県でも1900(明治33)年に、町村立実業学校の設立を補助する目的で、実業教育補助費5,000円が県議会で計上され、認可された。この補助費で、中郡立農業学校(のちに平塚に移転し県立農業学校となる現平塚農業高等学校の前身)、津久井郡立蚕業学校(昭和4年に廃校・現津久井高等学校はこの学校の開校を創立としている)等の農業学校が設立される。これとは別に、注目すベきは1882(明治15)年に設立された横浜商法学校(現市立横浜商業高等学校)である。この学校は、横浜市内の13カ町立という独特の経営形態をもっていた。即ち、横浜港の貿易を発展させてきた商人たちが自らの手で設立した学校であった。ところが工業の教育はというと、1902(明治35)年に豊島小学校内に開校した、工廠の職工養成のための豊島村立実業補習学校(横須賀市立横須賀工業高等学校を経て現在の横須賀総合高等学校)と三浦郡立実業補習学校で若干行われているばかりという状況で、農業・商業には遅れを取っていた。

当時の神奈川県では、主たる産業は、横浜港から海外(主にアメリカ、フランス)に輸出する紡績原料としての生糸の生産で、県央の生糸生産地でも、機械を用いた紡績工業はまだ発達していなかった。従って、実業教育としてまず求められたのは、農業教育と高度な商業教育だったのである。