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記念誌 二渓の風に乗って

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100年の足跡 戦時下の学園

二渓寮閉鎖

戦局の悪化は、二渓寮の運営にも影を落とした。60人程度の収容能力があった二渓寮は、開設当時に比べて交通の便が整い通学時間が短縮されてきたことに加えて、戦局が悪化してきたこともあって、入寮者が徐々に減りつつあった。1941(昭和16)年から米穀配給制度が実施されるようになるが、それでも当初は配給量の不足を補うためにパン、うどん、そば等を人手することが可能だった。しかし、次第に物資不足が進むと、日常生活に欠かせない生活物資が全て配給制となる。こうした中で、一一渓寮では食事の提供(まかない)が廃止され、しぱらくは寮生の手で自炊が行われていた。そして遂に1943(昭和18)年、二渓寮は閉鎖されることとなった。