神奈川工業会は、県立神奈川工業高校の同窓会です 

記念誌 二渓の風に乗って

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100年の足跡 戦時下の学園

中学校令交付と修業年限の短縮

1943(昭和18)年4月、中学校令が交付されたことによって、学校制度は大きく変わる。「中学校」「高等女学校」「実業学校」という三つの中等学校は包括的に扱われることとなった。また、修業年限も4年に短縮される。そうした背景としては、日中戦争の進展に伴って、中堅国民の錬成と国防教育のために中等教育を統括することと、産業従事者を早期に育成することが必要となったという事情がある。

従来、中学校からは4年で上級学校へ進学できたものが、実業学校からは5年とされ、区別されていたものが、こうした違いも無くなって、工業学校からも4年で進学することができるようになった。これに伴い、本校の学則は大幅に改正される。第1本科と第2本科は統合され、精密機械科は機械科に合俳された。

また、電気通信科が新設され、本校の定員は機械科12学級600名、電気科4学級200名、電気通信科4学級200名、建築科4学級200名の計24学級1,200名となった。T万、この時、第2部と第3本科は廃止されている。第2部は昭和12年、第3本科は昭和15年に設置されてから僅か6年と3年の短い歴史を閉じた。