神奈川工業会は、県立神奈川工業高校の同窓会です 

記念誌 二渓の風に乗って

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100年の足跡 神奈川工業高校2

校舎建て替え計画

校舎の建て替え計画は思わぬ形で実現されることになる。1990(平成2)年、神奈川県は単位制普通高校の設置を計画するが、その単位制高校の校舎と本校の校舎を一体で本校の敷地内に建設、併せて本校の改築問題を解決しようというものである。他校と一体化した校舎。しかも相手は県初の「新構想高校」である。単独の改築を当然のこととして期待していた本校関係者にとっては、驚きと不安が大きかった。

「噂の新構想高校の計画も、私たちの知らないところで着々と進み、ついにその叩き台としての図面が提起されるに至った。まだ検討の初期段階のこの図面を見てみよう。新構想高校併設の図面では、現在の図書館のあるすぐ隣に10階だての神工新校舎ができるらしい。そして、二ッ谷小学校の真向かいに新構想高校の校舎と体育館が作られて、ふたつの学校の間にはきまる形で2棟のやや低い建物が建設され、ここには共同使用される図書館、食堂、プールなどのある9階建てと3階建ての建物が建つ。当然グラウンドは校舎の北側の陰に作られるわけだ。

ということは、陽射しの方向にででーんと今の倍以上ある校舎ができる。夏はすずしかろうが、冬はさぞさむかろう。カルシウム不足による骨折捻挫の増発は以後さらに続くことと見える。そして気になる校舎内だが、たとえばM科関係は3、4階を埋めており、1階にも同様に実習室が設けられる。M科に限らず、どの科にも、その科のみの階ができ、不足分を他の階でカバーするようだからE科は10、9階が主、M科同様1階にも実習室があり、またA科は6階と一部が1階、D科は8階で、7階はAとDが半々でわけられている。つまりどの科も一か所に集まる為、今のように荷物をかかえ、遠い道程を暑い中、寒い中、行き来する必要はない。また上下には、3台のエレベーターが役に立ってくれるはずだ。更に冷暖房完備、天気気候に関わらず、快適な学校生活が保証されるはずである。

だが本当によいのだろうか、まず、8時35分あたりに登校する生徒には非常にいやな学校であろう。どんなにあがいても一番近いM科の教室でさえ、2階にある。遠いE科は10階に。1クラス滑り込み人数を3人としたって、15人エレベーターが5基ないことには、毎朝多くの遅刻者がでてくることだろう。しかもエレベーターは押した者勝ち、はやく押したって、早くおりて来る保証はまるでない。『エレベーターのボタンで遊ばないでください』なんて幼稚園なみの注意も連呼されることだろう」

1992(平成4)年3月2日発行の「神工時報」は、こんな記事で埋まっている。タイトルは「隣人は、問題児?−『構想』具体化進む−」。この時点で、生徒にも新しく建設される校舎の様子が示されていたことがわかる。こうして明らかになってきた新校舎の配置と予想される問題点に、生徒一流のユーモアで迫っている。彼らの予想したエレベーターの混雑という問題は的中し、現在も朝の打ち合わせ後、2階の職員室からHR教室に向かう担任を悩ませているが、実際にはこれにもまして調整しなければならない問題が数多くあった。1コマ50分授業の本校と90分授業を行う新構想高校。両者が食堂、図書館、プールを共用するためには、様々な工夫と配慮が必要であった。「1993(平成5)年4月9日、地鎮祭と共に着工。建て替えは、従来の校舎で学校生活が続く傍ら、グランドに新校舎の建設を行う形で進められた。この年から3年間を本校生徒として過ごした現電気科教諭西田悟は、「初めの1年は新校舎建設の槌音を聞きながら、残りの2年は住み慣れた校舎が取り壊される音を聞きながらの学校生活だった」と当時のことを振り返る。

写真 現校舎建築中

正門の校名板